”大将” と呼ばれた男 VS ”夢追い人”な完璧主義者
その人は、電力会社の子会社の社長のお兄さんだった。
60代後半。独身・離婚歴ありで、子どもは成人し離れて暮らしている。
体格が好く、歳の割には肉付きが良い。ガタイのよさと貫禄のある雰囲気からだろう、皆から「大将」と呼ばれていた。。。
そう、前回の投稿で登場した、あの ”大将” である。
前回の投稿で、この大将さんに対するイメージはよろしくないと思うが、人柄的にはけっして悪い人物ではない、と感じていた。
朝のミーティング前のちょっとした時間。
皆、まだ仕事モードではなく、まどろんでいる時間帯。
「なぁ、これちょっと、見てくれない?」
と言って、僕に差し出されたのは、パソコンでプリントアウトしてきたと思われるカラー刷りの写真の数々・・・
それを、一枚一枚、紙芝居を見せるような感じで、僕にお披露目してくる。
・水面に浮かんでいるカルガモの写真
・樹木の木々の写真
僕「はぁ・・・はい・・・。まぁ、朝だし、こういう癒し系、大切ですよね!」
☆ お姉ちゃんの〇〇な写真
僕「えっ!!大将、朝からヤバいっす(笑)」
・水面に浮かんでいるカルガモ親子の写真
・樹木や草花の写真
☆☆☆ お姉ちゃんの✖✖な写真
僕「大将、朝っぱらから、しでかしてくれますねぇ(笑)」
風貌に似合わず、ひょうきん者。
それでいて、社長の兄貴だというのに威張ってなかった。
前回投稿の、耐電圧試験前の時期のお話。
僕は、この大将から、俗に言うところで、可愛がられることに。
僕は僕で、”ある一点” を除けば、大将のことがけっして嫌いではなく。
むしろ、どちらかと言えば馬が合い、大将が僕の営業所に応援に駆け付けたときは、大将・職場の先輩・僕の3人で仕事後飲みに行ったりもしていた。
その ”ある一点” というのが、”仕事をズルする、まじめにやらない” という点。
耐電圧試験は期間限定の仕事で、日頃僕は、『送電線のパトロール』という業務を行っていた。
送電線は、街中の電信柱間にある配電線と違い、裸線。配電線みたいにビニールに覆われておらず、また高電圧なため、ある一定の離隔(距離)内に入ると感電する。
普通に生活していれば、鉄塔に近づき送電線で感電する心配もいらない。
でも、工事現場のレッカー(クレーン)などは、地上高が高い位置まで伸ばすので、注意喚起してあげる必要がある。
さらに、他にも季節モノの警戒が必要で、春には、カラスが鉄塔に巣を作ったり、線下にある竹の子が急成長して近づく恐れがあったり。
これらは、いち早く発見して、取り除いてやらなければならない。いち早く!
さもないと、漏電して、街中が大停電に見舞われる。
大将は、このうち、主に『カラスの巣・警戒パトロール』だった。
そう、大将はパトロールをまじめにやらなかった結果、他のパトロール班がカラスの巣を発見したときには、すでに "100%" と呼ばれる状態まで巣が完成していた。
大停電が起きなかったのは奇跡。
パトロール班は、双眼鏡を使って鉄塔を観察し巣の発見に努めるが、100%の状態までになっていれば肉眼でもそれを確認できるのだ。
この出来事をきっかけに、僕の気持ちは次第に大将から離れていったように思う。
そして、耐圧試験のとき。
現場ではあんな調子なのか、と失望した。
”一生懸命やる姿勢はあるんだけど、歳のせいで、皆と同じスピードでは出来ない”
それだったら、全然分かる。
「みんなで、大将の分までカバーしていこう!」という雰囲気になるだろう。。。
そしてついに。
いよいよ、大将とも一戦交えることに。。。
耐圧が終わった直後の時期に、大将がまた僕の営業所に、名ばかりの応援に来た。
” 遊びにきた”・・・
「今、通院している病院で、親しくなった看護師さんがいる。今度一回、3人で食事でもしないか。女の子を紹介してやる。」
ということだった。
気持ちは嬉しかった。
でも、ありがた迷惑な話だった。
僕は、今現在、独身だ。もちろん、当時も独身、彼女もいない。
今でこそ、だいぶ僕の考えも丸くなったとは思うけど。。。
当時は、「彼女を作るなら、その子との出逢い方は大切だ」と考えていた。
つまり、人からの紹介で女の子と知り合うのだとしたら、その紹介してくれる人物がどんな人物か、まで重要視した。たとえ、会ったこともないその子が、どんなに良い子だったとしても。
仕事をまじめに出来ない人の紹介では、僕の気持ちも盛り上がらないだろう、と思ったのだ。
そこで、後日、さすがに面と向かっては言いづらかったので、大将に電話してこの話を断った。
当然、大将は怒った。
「お前は、社会で生きるということがどういうことか、全然分かっていない。」と。
退職のあいさつ廻りの時期。
僕からまだ何も連絡が入ってなかったのだが、大将から一通のメールが届いた。
厳密に言うと、メールはメールでも、テンプレートと呼ばれる少し手が込んだもの。
「Bye Bye」
モグラがモチーフと思われるキャラクターの親子が、舞台の幕が上にスッと上がると、2人でバイバイしている。
なんとも、ほっこりさせてくれる。。。
退職して半年後の夏ごろ。
何かの拍子に、以前もらったこのテンプレートメールのことを思い出し、大将のことが急に懐かしくなった。
それで、思い切って電話してみた。
そのとき、大将が僕に対して言った言葉で、締めくくるとする。
人付き合いってのはな、”水物(みずもの)” なんだ
その時、その瞬間の、お互いの熱があってのことなんだよ。
でも、まぁ、、、
連絡くれたことは嬉しかったよ。
それ以降。。。
僕は大将に電話していない。
もちろん大将からも連絡は一度もなかった。