『遅すぎなかった、春』説
その人は、河川生物の学者 兼 現場の調査員だった。
40代前半。既婚者で、子どもが5人いる。いた。。。
現在は、3人。。。
映画「インディー・ジョーンズ」のジョーンズ博士(ハリソン・フォード主演)のような人だった。博学でありながら、現場もどんどん行く、みたいな人であった。
川に生息している生き物を調査する、期間限定の仕事。
三か月間。12月1月2月。
真冬の川に入って、生物採取というのは、確かに辛かった。
でも、「辛い」と意識することはなかったに等しい。
研究所の方々との出会い
河川での自然や生き物とのふれ合い
に癒された期間だった。
この時期は、僕が大学を卒業して間もない時期。
”友達以上恋人未満” の友達と別れて半年。
「別れて以後も連絡は取りあう方向性で」との最後の別れから半年。
音信不通になっていたので、久しぶりメールで連絡するも、、、
アドレスを変えられていた!出来事から、なんとなく気分が沈みがちだった。。。
異性とまともに交流したことのなかった僕だけに、内面的に非常に落ち込んだ記憶がある。この職場の方たちとの出会い、自然環境での仕事、という二点が本当に救いだった。
名は、スノウチさんという方だった。
自分の話をするのが好きな方だなぁ、というのが第一印象。
柔道をしていたというだけあって、とにかくガタイが好く、その体格に似合わず、瞳はつぶらだった。
さらに、こちらの質問に対しても、赤裸々に答えてくれたのが気持ち良かったことを覚えている。
「嫁との間には、子どもが5人できたんだ。現在は3人。
一人目の長男が、3歳の時、病気で亡くなった。
その出来事で、嫁は豹変したよ。別人みたいになった。
家事の一切をしてくれない。テレビを見て、食っちゃ寝、の生活。
特に苦手なのが、食器洗いと掃除。
未だに俺がやってる。仕事から帰ってからね。
『食器洗い機があれば』、と言うから買ったよ。高かったけど。
そしたら、今度は、食器を出して拭く作業が面倒くさい、と言い出した始末。」
僕「よく、離婚しませんでしたねぇ・・・」
おそらく。
僕が聞いてもいないことを、ここまで自分から話をするのだから、、、
聞きにくいことではあったけど、スノウチさんの感情を害することもないだろう、と想像したので質問してみた。
「離婚しても、何も変わらないから。
だって、現状でさえ、俺一人で仕事して家事もほとんどやってるし・・・(笑)」
自嘲的に笑った後、すぐに付け加えた。
「子どもへの愛が大きすぎたからこそ、無気力になっちゃったんだな、きっと。
一人目の息子の死は、あまりにも大きい出来事だったから、仕方ないんだよ。」
「嫁は、結婚した当初は、本当に美人でスタイルも良かった。
銀行員だったんだ。
たぶん、、、挫折することが少なかったんだ、これまでの人生は。
嫁のお父さんが、県警の術科(柔道・剣道など)の指南役で。
そういうご縁で、俺と知り合った。」
「結婚直前、2人のことを占ってもらったことがあるんだ。
結果が好くなくて・・・
でも、占いが悪いからって、結婚は取り止めないよね。
今から考えると、あの占い、当たってたんだな。」
最後の方の発言が、学者さんらしからぬ発言だったことに、内心驚いたけど。
カリスマ的な学者さんでも、人間なんだなぁと思い、親近感が湧いた。
こういった身の内話をしてくれたタイミングというのが、、、
僕と、もう一人の助手さんの方がいて、その人が風邪でお休みした時だったこともあり。
スノウチさんが、僕のことを「話せば分かる相手」だと見込んでくれたからこそ、だと思い上がった。実際は分からないけど。
それでも、尊敬している人物のことが少しでも知れたことは嬉しく、こうして今でも鮮明な記憶として残っているのだ。
人を見る観察眼にも優れている方だと思った。
僕と、もう一人の助手さんの特性を、いつの間にか見抜いていたことにビックリした。
川で生き物を採取する
と一口に言っても、”定量採取” と ”定性採取” というのがあった。
”定量採取” は、「決まった容量内に、どんな種類の生き物が何匹いるのか」を調べる調査で、 ”定性採取” は、「できるだけ、多くの種類の生き物を見つけられるか」を調べる調査だった。
この二つの調査を、県が数年に一回調査することで、河川の汚染具合を把握できる、という仕事なのだ。県の勅令を受けている研究所というのが、僕が偶然出逢ったこの研究所だったのである。。。
もう一人の助手さんというのが、本当にあらゆる生き物が好きな方で。
面接のときには、生き物の標本を持ってくる!という熱心さに面接者もたまげて、採用したというエピソードの持ち主。
このぐらいの根性と、生き物に対する ”愛” がある方と比べると、僕が採用になったのは申し訳ないぐらいだった。
僕と、熱心なその人。
この二人の特性を、見事に言い当てるスノウチ博士。
「〇〇さんは、定性調査が得意だよね。
過去に、〇〇さんほど色んな生き物を採取してくれた方はいなかったかもしれない。
一方、✖✖さん(僕)は、定量調査の方が向いてるよね。細かい作業とか、苦じゃあないでしょ!?正確さが求められる作業にピッタリだよ。」
言い当てられたことに、舌を巻いた。
こうして、、、
スノウチさんとの出来事を思い出しながら、原稿を打ってる今まさにこの瞬間、「待てよ。あの出来事の真相はどうだったのだろうか・・・」と 、10年近く経った今になって、ふと疑問に感じたエピソードがある。読者の皆さんなら、どう考えるのだろう。。。
人生は、いつも
”真相は闇”
という言葉が付きまとうものだ。
スノウチさん、熱心な助手さん、僕
の三人のチームが、連携良く作業にも慣れだした頃の時期の話である。
この仕事は、一日でだいたい、河川のスポットに2~3か所調査しに行く。
その日は、箱根湯本方面の調査だった。
一か所目が終わったとき、スノウチさんが、
「体を痛めたので、今日の調査はこれで終了。撤収するからね。」
僕と熱心な助手さんは、あまりにも想定外な展開に茫然。
でも、少なくとも僕は、「スノウチさんには悪いけど、今日はラッキーだわ。」と思ったであろう、当時の僕。
こんな不届き者がいるにも関わらず、さらに ”ラッキー” は続く。。。
車の運転は、日頃からほとんどスノウチさんがしてくれていた。
体を痛めたというその日も、帰りがけの運転はスノウチさん。
今から考えてみると、この点が如実な不自然な点。。。
「体を痛めた箇所を治療する目的のために、温泉行くからネ。」
なんと!
着いた先は、日帰り温泉ではありませんか!!
さらに!!!
「あっ、突発的な出来事だから、費用は会社持ちだから。」
僕と熱心な助手さんは、いざなわれるようにして箱根湯本の温泉を楽しんじゃいました、めでたしめでたし。という展開。。。
・・・
スノウチ氏は、まさにハリソン・フォードばりの演技力さえも持っていた!?
そんな、カリスマ・スノウチさんから、2人きりのタイミングで言われた、忘れられない一言で締めくくるとする。
自分が、「好きだ」と思ったことを仕事にすればいい。
「自分にやれるかな、自分には相応しくないのでは?」なんて考えなくていいよ。
この河川調査の仕事をしてみて、「世の中に、こんな仕事もあるんだなぁ。」って思わなかったかい??
俺は、こんなことしてるけど、、、
これで十分、飯は食っていけるし家庭も養っていけるんだよ!
世の中見渡すと。
みんな、そんな感じだしね。それでいいと、俺も思ってるし。
だから、君の学歴や経歴を見ると、もっと思い切ってやってほしい。
失敗してもいいから。
それが、俺の本音。
その後、期間限定ではあったが小学校教員や、警察官の職に就いたときは、研究所の皆さんがわざわざお祝いしてくれた。
自分も将来、この方たちのような、素敵な歳のとり方をしたいものだ、と思った。