神が恐れた男<後編>
「最近、刑事課に顔を出さないじゃあないか。
どうなの、調子は?」
季節も冬に近づき、夕刻には寒さが一気に押し寄せる11月上旬。
日が沈むのもすっかり早くなった、と感じ出した頃だったのを記憶している。
警察の独身寮4階通路の西側の窓で、夕日を浴びながら黄昏ていたその人物は、まぎれもなくその人だった。
僕「係長!」
日頃、警察署で会うことしか有り得ない人物が独身寮にいて、しかもそれが、以前自分が刑事課強行係で、実習中お世話になった人間とあらば、驚きはひとしおだった。
刑事ドラマで出てくる俳優さんのような、まさに刑事やってるんだな、と感じさせるルックスを持つ係長だった。細身で高身長、、、
一方で、ドラマの刑事役とは正反対に、目つきは "眼光鋭く” といった印象は受けず、優しい眼差しの持ち主だった。
他県から本県に来た、という共通点が僕とはあり、係長からの当たりが温和だった。
僕という人間に興味があるようで、K刑事同様、実習期間中は何かと気にかけてくれたのだった。
僕「係長、今日はどうされたのですか?」
係長「Kの様子を見に来た。あの感じだと、ヤバいなぁ。」
警察官は、意外とタバコを吸う人が多い。
しかし、この係長は珍しくタバコを吸わない。
そういった共通点も僕とはあり、僕と同じ ”におい” のする人間だった。。。
係長「Kが倒れてから、捜査が進まない。なんて、、、弱気なこと言っちゃならないけど。」
僕「でも、確かに、Kさんの代わりが務まる人、そうそういないですもんねぇ。」
少し間があった。。。
すると係長は、僕の方へ改まり向き直って、言った。
係長「Kのこと、面倒みてやってな。警察は、チーム力だから。
実習終わっても、君は強行係の一員だからな。」
係長からのあまりの急な発言に、一瞬窮したあと、僕は言った。
僕「はいっ!もちろん、そうします。」
偶然のタイミングだったとはいえ、係長から直々にお願いされ、頼りにされるような発言が聞けたことが嬉しかった。
人間関係とは不思議なもので。。。
職場や、警察組織のようなはっきりとした縦社会の力関係があっても。
”持ちつ持たれつ”
一方通行ではなく双方向。お互い影響し合い、助け合いながら成り立っているものなんだと痛烈に感じることになった出来事だった。
K刑事と二人きりで、実習期間中、一度だけ捜査したことがある。
捜査といっても、刑事ドラマのような事件性を探るために目撃者から聴取したり、現場臨場したり...という類のものではなく。
ある事件の証拠になるかもしれないパソコンのデータ解析を県警本部と科捜研にお願いしに行く旅、いや、立派な ”捜査” 、重要な役目です(笑)
この日は、Kさんと二人で、実質的には ”デート” だった。
刑事って暇!?という誤解を生まないために、注釈をつけると・・・
証拠品の分析や解析を科捜研に依頼する際、宅急便や郵送などの他企業での輸送は使わず、必ず警察関係者が直に持参する。
普通は、『警務課』という課の人間がその役目を担っている。
僕が実習期間中だった春先は、事案が少なく落ち着いてた時期で、さらにKさんも刑事になって間もない時期。
よって、経験値を積ませるため、Kさんにこの役目を任せ、さらには実習生である僕にも警察捜査の仕組みを勉強してもらう機会になるだろう、という係長の計らいだった。
おそらく、こういった表向きの理由とは別に、、、
「二人にとって良き思い出になるだろう」といった係長の意図も感じた。
パソコンデータを科捜研に提出してから、結果が出るまでの数時間。
どうやって時間を潰したか。
つけ麺屋で昼食を食べたことと、僕のスマホのカバーを買いに行ったことを鮮明に覚えている。
「やぎさん、時代の流れに遅れなかったね。」
世の中はスマホの時代にとっくに切り替わっていた。刑事課実習中、Kさんからスマホにしといた方がいいとの薦めがあり、ガラケーを辞めた。
その助言直後の時期だったので、「やぎさん、スマホにはカバーと画面保護シールつけた方がいい」ということで、家電量販店へ行ったのだった。
何を会話したのか、あまり覚えていない。
でも、Kさんの過去の経歴を知ったのは、おそらくこの時だったと思う。
一つだけ、異性の話で盛り上がった記憶がある。
「自分が理想としている女の子と、好きになるタイプって、違うんですよねぇ・・・」
そんなことを言い出すKさん。
僕「確かに、言われてみるとそんな気もするなぁ。
もしくは、自分が好きになった女の子が理想のタイプになっていくような感じもするんだけど。初めから理想はなくて、好きなタイプというのもなくて、いわゆる、”自分の好みのタイプは、好きになった異性がタイプ” みたいな感じ、ありませんかねぇ。。。」
そんな会話をしたことだけは、今でも頭に残っている。
署に戻ると、係長が顔をニヤニヤさせながら、開口一番「Kとの ”捜査”、どうだった?」と聞いてきた。
僕「つけ麺食べました。Kさん流石っす。特盛を注文したのまでは分かりますが、僕が瞬きする間もなく、一瞬で平らげてました(笑)」
捜査どうだった?と聞かれての返答として、決して適切な発言とは思えませんが(笑)
”神が恐れた男” と称されたKさんも、普通の男の子なんだと実感した二人旅だった。
Kさんと僕の寮室は、同じ4階で、一番端が僕、端から四つ目がKさんだった。
コンコン
間もなくして、扉が開いた。
そこには、今まで見たこともないKさんが仁王立ちしていた。
僕は思わず、背筋がゾクッとした。
無言、さらには顔に全く笑顔がない。
いつもなら、「うわぁ、やぎさんが来たぁ」とか言って薄ら笑いしているのに。。。
彼をここまで追いやった事件の数々、たとえ面識がなくても、悪いことをやって今もいけしゃあしゃあとシャバで泳ぎ回っている被疑者たちに、強い憤りを覚えた。
と同時に、Kさんが警察側の人間で本当に良かった、とも思った。
もし、Kさんが向こう側の人間だったら、捕まえるのに警察組織の人間が一体何人必要だっただろう・・・
「僕は、けっして中高時代は模範生とは言えなかったです。隣町の不良相手に喧嘩とか、ザラだったです。でも、一線は越えなかった。なぜなら、小さい頃から、おばあちゃんが可愛がってくれた。ヤバいと思うことに手を出そうとするとき、おばあちゃんの顔が思い浮かんだ。だからやらなかったです。」
廃人と化したようなK刑事の様子が、薬物常習者に見えたことを発端に、以前Kさんがそんなことを言ってたことを思い出していた。。。
でもさすがはKさん!
回復はあまりにも早かった。
僕が地域課で、一当務(交番勤務→非番→週休)を終えるころには、K刑事が署に復帰したとの噂を耳にしたのだった。。。
僕が警察官を辞めることになってから、約二週間は『寮室待機』という期間だった。
県警の本部長からの辞令が発行されるまでは、退任が認められないためだ。
この間は、制服や装備品の返却、捜査書類の不備の手直し、警察関係資料の廃棄、そして、お世話になった関係者の方(役職者)へのあいさつ回りなどに翻弄された。
それでも、すべてを終えるのに一週間もかからないため、久しぶりに小説読書やDVD鑑賞などをしてのんびりと過ごしていた。
そんな折、、、Kさんの方から、ある日寮室に遊びに来た。
「やぎさん、警察官辞めてどうするの?」
いつもの、少しばっか僕をおちょくった口調の中には、明らかに寂しさをにじませていた。。。
僕「自分は、やっぱり運転業が性分に合ってるようです。親父もそうだったし。だから今度は、いままで乗ったことのない大きいサイズのトラック運転手になろうと思ってるんです。」
「やぎさんのこと、心配はしてないですよ。人には向き不向きがあるのは事実だし。そういう道もあるんだと思います。でも・・・」
そう言って、こちらをまじまじと見つめたかと思ったら、話が続いた。
「やぎさん、お酒の飲みすぎだけは、気をつけてくださいね!」
さらに続けた。
「やぎさんは、懲戒処分で警官やめるんじゃあないし、、、県に遊びに来てください。そして署にも、、、ぜひ顔を出しに来てください!」
そう言うと、自然な流れで握手へ。
僕は一瞬、ひるんだ。
握力が強いKさんは、日頃僕ら若い衆と握力相撲(!?)を求めてきては、僕らをイジり倒していた。
僕「今日はさすがに、大丈夫ですよね?? ・・・ うっ、痛いっ。」
この時もいつものごとく握力地獄が待っていたが、、、一瞬の力みで勘弁され、初めて!の穏やかな握手をして別れた。
この寮室での別れ際、K刑事から言われた最後のアドバイスで締めくくるとする。
やぎさんと僕で、正反対のことがあるんですけど。。。分かりますか?
やぎさんは、いつも物事を見るとき、下から見てる。見上げてる。
「 自分にも出来るかなぁ、大丈夫かなぁ」って。
僕は、いつも、上から見てる。
「自分にも出来るだろう、大丈夫だ!きっと。」って。実際やってみて、出来たら、「ほら、やっぱり自分にも出来た」って思ってる。
それだけの違いなんです。