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時代の証言者たち~道の途上でふれあった些細な物語~

転職を繰り返してきた『僕』。半年~2年以内という短いスパンで在職してきた中で、各会社・集団には必ず ”記憶に残る人物” が存在した。筆者の人格形成に影響を与えたその人物たちとは?人生の入力時期と言われる20代から30代前半の『僕』が、出逢って感じた人物像を、人生という壮大なドラマの一コマとして綴る、期間限定のブログ。

大一番の行方・ ・ ・

その人は、建設現場での養生・クリーニング工だった。

 

 

歳は、60前後といったところで、頭は白髪交じりだったのが印象的だった。

「天然パーマの人は頭が良い」というのを聞いたことがあるが、その先入観がなくても、僕はきっと、話ぶりや博学さに触れるうちに頭が切れる人だと思ったはずだ。

結婚歴がなく、生涯独身。

 

名は、ヤマグチさんと言った。

 

 僕がまだ学生時代の話だ。当時、26歳になったばかり。

二つ目の大学三年生の春休み中での体験で、春休み後に四年生を控えていた頃の出来事である。

つまり、期間限定の ”日雇い” のお仕事なわけで、給料も日給制だしFAX申請すれば翌日には振り込まれていた。 ”いつでも辞められるアルバイト” として気楽に始めたのがこの仕事だった。

 

年末や年度末は、建設現場は大忙し。そのため、建設会社は臨時で職人さんを雇う。言い換えれば、通年働いている職人さんと繁忙期だけ臨時で雇われている職人さんがいる、というのが建設現場の実態なのだ。

そのため、臨時の職人さんなら日頃どんな素性でも構わないわけである。学生でも主婦でも...

 

ただ僕は、雇い主の会社には自分が学生だという素性は話してあるものの、現場で他の職人さんたちと仕事する際は、素性は隠していた。

なぜなら、こういった建設現場の実態を知らない職人さんはいないものの、学生風情が職人さん達と混じって仕事し高い金を稼いでいる、というのはなんとなく失礼な気がしたからだ。

 

そして、素性隠しのもう一つの大きな理由。

『学生』という響きは、”未来が不確定でもあり、希望が残されている” ということを意味したから。。。

 

 

「君のような若者が、こんな仕事に就いていてはダメだよ。」

ヤマグチさんと一緒に仕事をするようになって、何度か聞いた言葉だ。

 

養生・クリーニング工とはどんな仕事か。

建物(マンションやビル)の完成が間近になり、廊下やエレベーターが出来上がると、ブルーシートやプラスチック板などで養生し保護してあげなければならない。建物完成後、入居者が使う新築の廊下やエレベーターを、職人さんたちも使わせてもらうわけだから、当然お客さんが入居前に傷つけたら大問題!

あとは、お部屋内の床や棚に残っている木くずの清掃、窓のサッシの清掃、そして床のワックスがけ。

だから、要領さえ覚えてしまえば、学生でも主婦でも誰でもできる。。。

 

”誰でもできる=誇りが持てない” ということをヤマグチさんは言っているのだった。

 

僕「いやぁ、僕は学生の身分なので、、、期間限定のアルバイトですからぁ!」

と、相手を突き放したようなことは、まさか言えない。

僕は、ヤマグチさんからこの言葉が突いて出てくる度に、

僕「そうですね、僕もいずれはそのつもりです。でも、人生経験にはなると思っていますので。実際、この職を短期間でも続けていたからこそ、こうやってヤマグチさんとも出逢うことだってできたわけだし。。。もうしばらくはやってみます!」

といった類のことを言っては、その場をしのいでいた。

 

 

仕事帰りの駅までの道のり。

土方の仕事は、朝が早い分帰りも早い。まだ3月という春先だったので、仕事終わりの時間はちょうど、「マジック・アワー」。

太陽が地平線に沈む夕暮れ時、紫・赤・黄色のグラデーションに染まっている茜空が、小田急線沿いを二人並んで歩いて帰る姿を見守った。

 

駅付近のコンビニで、必ず毎日、缶ビール・一缶を御馳走してくれたヤマグチさん。

4・5日目ぐらいに、さすがに申し訳ないと思った僕は、「今日は僕に払わせてください。」と申し出るも、

「いいんだ。君のような若者は未来がある。将来のためにお金は取っておいて。」

と言って譲らない。

結局、言われるがままにその好意に甘える日々がしばらく続いた。

 

そうやって一週間が経ち、二週間が経ち、建物もどんどん完成間近になる頃には。。。

 

ヤマグチさんは『自己卑下する癖がある』。そのことが気になり出した僕だった。

 

 

「以前は、芸能界にいたんだ。

いわゆる、マネージャーってやつをやってた。20年以上その業界にいたよ。自分で言うのもなんだが、結構上手いことやってたんだ、俺。

 

生涯独身の俺だが、好い仲になった女もいたんだ。

こう言っちゃなんだが、向こうの方が俺に惚れてる感が強かった。

今となっては、あの時が俺の婚期であり、人生でも一番のピーク。だが結果としては人生の ”転機” になってしまったんだな。

 

なんでその女と結婚しなかったのか。。。

そう君も思うだろ??

 

『もっと他に、イイ女がいるんじゃないか』

そう考えちまったんだな。

それが運の尽き。

 

そこからは転げ落ちるような人生だったな、結果論だけど。

芸能界は、華やかなイメージがあるけど、全然そんなことないからな!

そうやって自分に惚れてくれた女にも酷い仕打ちをしたり、なんだかんだやっているうちに、、、仕事の方も上手くいかなくなっちまった。

 

で、その結果が、今。こんな仕事で飯食ってるって有様だよ(笑)」

 

 またある時は、こんな言葉が飛び出した。

「この養生・クリーニングやってる他の連中いるだろ。君のように若者か年寄りの、両極端なことに気付いてたか?

若者は、腰掛け程度で一年もしないうちに辞めてく。アルバイトで入り、別の本業持ってるのが多いから。で、また新しい新人が入ってくる、という毎年のサイクル。

中年層がいないのは、この仕事で何年も本業にするのは厳しいとすぐ分かるから。仕事が簡単で飽きちゃうし、日雇いだから、行く現場もコロコロ変えられて面倒だから。

で、俺みたいに年寄りにとっては、、、好都合の仕事ってわけ。

もう、人生終わってるから(笑)」

 

 

そこである日の帰り際。

いつものように二人で並んで帰っているとき。

話の流れの最中にきっかけを掴み、いよいよ、気になっていたヤマグチさんの『自己卑下癖』に関して、僕はこんなことを言った。

 

僕「確かに・・・ヤマグチさんは、今後ご結婚は厳しいかもしれないですけど。

でも仕事面とか何かで、もう一山ぐらい来るんじゃあないですかねぇ。仕事して生き続けてさえいれば、、、何かしら。人生、最後まで分からなくないですか??」

 

競馬やパチンコが好きなヤマグチさんだったので、「一山」という言葉を選んで使ってみた。

 

「ありがとよ。まぁ、気安めでも嬉しいよ。」

 

 

さらに日を重ね、建物完成がいよいよ間近ともなる時期。

建設現場は色んな業種の職人さんが撤退していき、、、

残されたのは、監督さんと僕たちクリーニング職とごく少数の職人たち。

当然、養生・クリーニングの職人は、日を追うごとに人数が増していった。

 

最初は、ヤマグチさんと僕の二人だけだったのが、5人10人と増えていき。

気付けば、最大で20人近くにまで膨れ上がっていた!

 

そして。

そんなに膨れ上がった数の同僚たちにも、帰り際のコンビニでは ”お決まりの儀式” のように、分け隔てなく缶ビールを御馳走するヤマグチさん。

遠慮なく、その好意にあやかる先輩たち。

なんだか、その光景を見て、僕は『ハイエナ』どもの集まりのように思えてしまった。

 

僕「今までさんざん、ヤマグチさんには御馳走してもらってきたので・・・僕は今日からは大丈夫なので。」

少し前までは、ヤマグチさんに缶ビールをおごってもらえることが嬉しかったのに、、、

少し前までは、そのハイエナの一味だった僕なのに、妙に自分がしてもらっていたことが汚らしいことに感じられ、、、ほんと勝手なものだ。

 

さらに。

こんなに複数人になっても、ほぼ全員に缶ビールを御馳走するヤマグチさんの行為には、、、

『僕という存在はヤマグチさんにとっては別段特別な存在ではなかった』ということを意味すること

また、

『ヤマグチさんの今までの発言から察しても ”自暴自棄” になっているとしか思えなかったこと』

が、なんとなく寂しく感じられた。。。

 

 

3月末、建物が完成し、あとはクリーニングのみで内覧会を迎えるという時期になると。

ついに僕たちクリーニング工も人数を減らされていった。

最初は、ヤマグチさんと僕の二人で始まった現場だったが・・・

20人→15人→10人ぐらいまでになったとき、会社から「君は明日から別の現場に行ってもらうから」との指示をされた。

想定外のお別れ。

このことを早速ヤマグチさん含め、みんなに伝えた。

僕「お世話になりました。。。」

 

いつもの帰り道。

本当は、ヤマグチさんとも最後になるので、いろいろ話して帰りたかったが、、、

10人ぐらいもいると、集団が2~3に別れ、その場の雰囲気や空気に合わせたり、先輩方に失礼のないように!なんて考えて、なんやかんや周りに流されているうちに・・・結局ヤマグチさんとは一言も話せないまま駅に着いてしまった。。。

 

最後の最後、ヤマグチさんと二・三でも言葉を交わせたか、まったく記憶がない。

ただ、ヤマグチさんと最後の別れを済ませた(!?)あと、帰り道でヤマグチさんと同じ集団にいた、ある先輩からこんなことを教えてもらえた。

先輩「いつもはあんなに話好きなヤマグチさんなのに、、、今日の帰り道は一言もしゃべらなかったよ。前を歩く君の後ろ姿を、ずっと見てたよ。」

 

一番最後の最後で、ヤマグチさんにとっても僕との別れは寂しく、2人の間柄には ”特別感” がきっとあった!であろうことを把握できたことが、せめてもの慰めになったのだった。

 

 

 

建物がまだ完成しきっていない、二人だけで養生・クリーニングしていた時期にヤマグチさんから教えてもらった、一番印象に残る話で締めくくるとする。

 

 『当て馬』にはなるな

 

当て馬って知ってるか?

競走馬で、サラブレッドを作るときの話なんだ。

 

足の速い馬を作るためには、当然、親も足が速い血統種の馬同士を交尾させるわけだけど・・・

問題は、どうやってオス馬とメス馬を交尾させているか、という話。

 

当て馬ってのは、メス馬に発情の傾向があるかどうか調べるために使われるオス馬のことなんだ。。。

だからもし、メス馬に当て馬を近づけていった結果、メス馬に発情の傾向があることが分かっても、、、その当て馬は交尾できない。

メス馬を興奮させるだけさせといて、実際に交尾するのはサラブレットのオス馬、というわけなんだ。

 

酷い話だけど、聞く分にはおもしろい話だろ(笑)

 

でも

人間である自分に置き換えて考えたら・・・

結局は、、、当て馬のような人生になってしまった俺みたいな人生を、君は歩むなよっ!

 

それから半年後。

僕が大学4年生の夏休み中の9月。卒論に本格的に取り組まなければならない時期だったのを記憶している。

何かをきっかけに、ヤマグチさんとの想い出を思い出した。

それで、思い切って電話してみた。。。

 

一応、電話をかけるタイミングは考えたうえでの電話だったが。

電話には出てくれなかったのか出られなかったのか・・・

留守電を入れるも、以後連絡はなかった。

 

その時分は。

まだ、ヤマグチさんの ”一山” は訪れていなかったのかもしれない。

                                <完>

 

☆ご愛読ありがとうございましたぁ!

来週の火曜夜、<編集後記>が最後となりますっ★