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時代の証言者たち~道の途上でふれあった些細な物語~

転職を繰り返してきた『僕』。半年~2年以内という短いスパンで在職してきた中で、各会社・集団には必ず ”記憶に残る人物” が存在した。筆者の人格形成に影響を与えたその人物たちとは?人生の入力時期と言われる20代から30代前半の『僕』が、出逢って感じた人物像を、人生という壮大なドラマの一コマとして綴る、期間限定のブログ。

導かれし者たち ~編集後記~

運命とは 事後的なもので

後から振り返ったときに

「あの人との出逢いは運命だったんだな。」

と感じるものである...

 

 

 

 僕は、四年制大学を2つ経験している。

一つ目は、『大学4年生の秋』に中退しているのだ。

 

普通は

卒業論文以外の単位を全て取得している身なら、、、

まずは何があっても卒業することを考えるだろう。。。

 

僕の身に何が起こったのか?

 

「仕事をするって何だろう?」

「人が生きてるって何だろう?」

 

中二病とも思われる兆候が、約十年遅れでやってきたのだ。当時21・22歳の僕。

「このまま、エンジニアの道を目指してやっていくことに、疑問を感じる・・・」

 

 

理系は普通、大学院まで行くのがスタンスで、僕みたいな学部生は修士の先輩に付いて卒論を書く。

その、修士の先輩と折り合いがつかなくなった・・・

全然卒論が進まなくなった。

それが事の発端であり、きっかけなのだ。

 

僕は、この当時、教育とか心理学の世界に関心が高まっていた。

そこで、もう一度だけ、大学を入りなおそうとした。

 

4年生の秋まできて、大学を中退することに、皆が反対した。

母親、教授、研究室の室員・・・

誰一人、僕に賛同してくれる人はいなかった。。。

 

「とりあえず、ここまで来たのだから、大学は卒業しろ!

修士の先輩と折り合いがつかないのなら、他の班に回してあげるから。

卒業だけはさせてあげられるから・・・」

 

研究室の対応としては、決して間違っていないと、当時の僕でも分かった。

 

でも、、、

「何か違う」

と感じた。

 

半ば、お情けで大学を卒業させてもらって学歴をとりあえず貰っても。

将来の自分のためになるのか??

 

さらには。

もし、そのお情けにあやかった場合。

卒業後、一年間浪人しなければならない。

受かるかどうかも分からない状況で、一年のロスは大きい。。。

 

それよりは。

4年生の秋で、潔く中退して、半年間浪人。

それでもし、受験に失敗したら、教育・心理学の道はあきらめて、大学中退(高卒)で就活してもいいかな、と考えた。

 

 

この出来事までは、僕はずっと、"真面目で優秀" で通ってきた人間だった。

人生で初の、大きな挫折を味わい、さらには誰も味方してくれないという孤独感を経験した。。。

 

まさに、人生の大一番

勝負師

人生の賭けに打って出たのだった。。。

 

 

結果・・・

合格した。

国立大だったので、学費は全額奨学金から支払えばまかなえた。

 

 

 

  もし

一年遅れで同じ大学に入学していても

今でも良き刺激をくれる大学時代の、とある友人とは知り合えてなかったことだろう。

 

もし

一年間浪人していたら

当時、時間講師として勤務していた進学塾を退職、もしくは在職してても僕自身の受験勉強のため、勤務後の飲み会などの付き合いは一切行えず、 同僚とも "熱き関係" を築けなかったことだろう。

 

『半年あれば、自分なら十分戦える。受験の勘を取り戻せる。』

と信じて 、、、誰も味方してくれない中、4年生秋に中退を決意したから今の自分があり、出逢った仲間や友人がいるのだ。

 

当然。

このブログに登場した、僕にとっての "ヒーロー" 達とも誰一人出逢えなかった。。。

 

 

大学を中退した辺りから

僕らしい人生の幕開け、スタートとなったのだ。

 

 

 

 それでは最後に。

35年余り生きてきた僕自身が『時代の証言者』となって、話を締めくくるとする。

 

運命とは事後的なもので、後から振り返ったときに

「あの人との出逢いは運命だったんだな。」

と感じるものである。

 

 その出逢いは、お互いの思い思いの決断・意志があって、奇跡的にその時空間で成し得る "結晶" なのだ。

 

人生とは

その瞬間瞬間で自分が下す決意によって未来に出逢う人物が決まり

 自分の心の持ちようで付き合い方が決まり

その想い出の集積で彩られていくものなのである