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時代の証言者たち~道の途上でふれあった些細な物語~

転職を繰り返してきた『僕』。半年~2年以内という短いスパンで在職してきた中で、各会社・集団には必ず ”記憶に残る人物” が存在した。筆者の人格形成に影響を与えたその人物たちとは?人生の入力時期と言われる20代から30代前半の『僕』が、出逢って感じた人物像を、人生という壮大なドラマの一コマとして綴る、期間限定のブログ。

大一番の行方・ ・ ・

その人は、建設現場での養生・クリーニング工だった。

 

 

歳は、60前後といったところで、頭は白髪交じりだったのが印象的だった。

「天然パーマの人は頭が良い」というのを聞いたことがあるが、その先入観がなくても、僕はきっと、話ぶりや博学さに触れるうちに頭が切れる人だと思ったはずだ。

結婚歴がなく、生涯独身。

 

名は、ヤマグチさんと言った。

 

 僕がまだ学生時代の話だ。当時、26歳になったばかり。

二つ目の大学三年生の春休み中での体験で、春休み後に四年生を控えていた頃の出来事である。

つまり、期間限定の ”日雇い” のお仕事なわけで、給料も日給制だしFAX申請すれば翌日には振り込まれていた。 ”いつでも辞められるアルバイト” として気楽に始めたのがこの仕事だった。

 

年末や年度末は、建設現場は大忙し。そのため、建設会社は臨時で職人さんを雇う。言い換えれば、通年働いている職人さんと繁忙期だけ臨時で雇われている職人さんがいる、というのが建設現場の実態なのだ。

そのため、臨時の職人さんなら日頃どんな素性でも構わないわけである。学生でも主婦でも...

 

ただ僕は、雇い主の会社には自分が学生だという素性は話してあるものの、現場で他の職人さんたちと仕事する際は、素性は隠していた。

なぜなら、こういった建設現場の実態を知らない職人さんはいないものの、学生風情が職人さん達と混じって仕事し高い金を稼いでいる、というのはなんとなく失礼な気がしたからだ。

 

そして、素性隠しのもう一つの大きな理由。

『学生』という響きは、”未来が不確定でもあり、希望が残されている” ということを意味したから。。。

 

 

「君のような若者が、こんな仕事に就いていてはダメだよ。」

ヤマグチさんと一緒に仕事をするようになって、何度か聞いた言葉だ。

 

養生・クリーニング工とはどんな仕事か。

建物(マンションやビル)の完成が間近になり、廊下やエレベーターが出来上がると、ブルーシートやプラスチック板などで養生し保護してあげなければならない。建物完成後、入居者が使う新築の廊下やエレベーターを、職人さんたちも使わせてもらうわけだから、当然お客さんが入居前に傷つけたら大問題!

あとは、お部屋内の床や棚に残っている木くずの清掃、窓のサッシの清掃、そして床のワックスがけ。

だから、要領さえ覚えてしまえば、学生でも主婦でも誰でもできる。。。

 

”誰でもできる=誇りが持てない” ということをヤマグチさんは言っているのだった。

 

僕「いやぁ、僕は学生の身分なので、、、期間限定のアルバイトですからぁ!」

と、相手を突き放したようなことは、まさか言えない。

僕は、ヤマグチさんからこの言葉が突いて出てくる度に、

僕「そうですね、僕もいずれはそのつもりです。でも、人生経験にはなると思っていますので。実際、この職を短期間でも続けていたからこそ、こうやってヤマグチさんとも出逢うことだってできたわけだし。。。もうしばらくはやってみます!」

といった類のことを言っては、その場をしのいでいた。

 

 

仕事帰りの駅までの道のり。

土方の仕事は、朝が早い分帰りも早い。まだ3月という春先だったので、仕事終わりの時間はちょうど、「マジック・アワー」。

太陽が地平線に沈む夕暮れ時、紫・赤・黄色のグラデーションに染まっている茜空が、小田急線沿いを二人並んで歩いて帰る姿を見守った。

 

駅付近のコンビニで、必ず毎日、缶ビール・一缶を御馳走してくれたヤマグチさん。

4・5日目ぐらいに、さすがに申し訳ないと思った僕は、「今日は僕に払わせてください。」と申し出るも、

「いいんだ。君のような若者は未来がある。将来のためにお金は取っておいて。」

と言って譲らない。

結局、言われるがままにその好意に甘える日々がしばらく続いた。

 

そうやって一週間が経ち、二週間が経ち、建物もどんどん完成間近になる頃には。。。

 

ヤマグチさんは『自己卑下する癖がある』。そのことが気になり出した僕だった。

 

 

「以前は、芸能界にいたんだ。

いわゆる、マネージャーってやつをやってた。20年以上その業界にいたよ。自分で言うのもなんだが、結構上手いことやってたんだ、俺。

 

生涯独身の俺だが、好い仲になった女もいたんだ。

こう言っちゃなんだが、向こうの方が俺に惚れてる感が強かった。

今となっては、あの時が俺の婚期であり、人生でも一番のピーク。だが結果としては人生の ”転機” になってしまったんだな。

 

なんでその女と結婚しなかったのか。。。

そう君も思うだろ??

 

『もっと他に、イイ女がいるんじゃないか』

そう考えちまったんだな。

それが運の尽き。

 

そこからは転げ落ちるような人生だったな、結果論だけど。

芸能界は、華やかなイメージがあるけど、全然そんなことないからな!

そうやって自分に惚れてくれた女にも酷い仕打ちをしたり、なんだかんだやっているうちに、、、仕事の方も上手くいかなくなっちまった。

 

で、その結果が、今。こんな仕事で飯食ってるって有様だよ(笑)」

 

 またある時は、こんな言葉が飛び出した。

「この養生・クリーニングやってる他の連中いるだろ。君のように若者か年寄りの、両極端なことに気付いてたか?

若者は、腰掛け程度で一年もしないうちに辞めてく。アルバイトで入り、別の本業持ってるのが多いから。で、また新しい新人が入ってくる、という毎年のサイクル。

中年層がいないのは、この仕事で何年も本業にするのは厳しいとすぐ分かるから。仕事が簡単で飽きちゃうし、日雇いだから、行く現場もコロコロ変えられて面倒だから。

で、俺みたいに年寄りにとっては、、、好都合の仕事ってわけ。

もう、人生終わってるから(笑)」

 

 

そこである日の帰り際。

いつものように二人で並んで帰っているとき。

話の流れの最中にきっかけを掴み、いよいよ、気になっていたヤマグチさんの『自己卑下癖』に関して、僕はこんなことを言った。

 

僕「確かに・・・ヤマグチさんは、今後ご結婚は厳しいかもしれないですけど。

でも仕事面とか何かで、もう一山ぐらい来るんじゃあないですかねぇ。仕事して生き続けてさえいれば、、、何かしら。人生、最後まで分からなくないですか??」

 

競馬やパチンコが好きなヤマグチさんだったので、「一山」という言葉を選んで使ってみた。

 

「ありがとよ。まぁ、気安めでも嬉しいよ。」

 

 

さらに日を重ね、建物完成がいよいよ間近ともなる時期。

建設現場は色んな業種の職人さんが撤退していき、、、

残されたのは、監督さんと僕たちクリーニング職とごく少数の職人たち。

当然、養生・クリーニングの職人は、日を追うごとに人数が増していった。

 

最初は、ヤマグチさんと僕の二人だけだったのが、5人10人と増えていき。

気付けば、最大で20人近くにまで膨れ上がっていた!

 

そして。

そんなに膨れ上がった数の同僚たちにも、帰り際のコンビニでは ”お決まりの儀式” のように、分け隔てなく缶ビールを御馳走するヤマグチさん。

遠慮なく、その好意にあやかる先輩たち。

なんだか、その光景を見て、僕は『ハイエナ』どもの集まりのように思えてしまった。

 

僕「今までさんざん、ヤマグチさんには御馳走してもらってきたので・・・僕は今日からは大丈夫なので。」

少し前までは、ヤマグチさんに缶ビールをおごってもらえることが嬉しかったのに、、、

少し前までは、そのハイエナの一味だった僕なのに、妙に自分がしてもらっていたことが汚らしいことに感じられ、、、ほんと勝手なものだ。

 

さらに。

こんなに複数人になっても、ほぼ全員に缶ビールを御馳走するヤマグチさんの行為には、、、

『僕という存在はヤマグチさんにとっては別段特別な存在ではなかった』ということを意味すること

また、

『ヤマグチさんの今までの発言から察しても ”自暴自棄” になっているとしか思えなかったこと』

が、なんとなく寂しく感じられた。。。

 

 

3月末、建物が完成し、あとはクリーニングのみで内覧会を迎えるという時期になると。

ついに僕たちクリーニング工も人数を減らされていった。

最初は、ヤマグチさんと僕の二人で始まった現場だったが・・・

20人→15人→10人ぐらいまでになったとき、会社から「君は明日から別の現場に行ってもらうから」との指示をされた。

想定外のお別れ。

このことを早速ヤマグチさん含め、みんなに伝えた。

僕「お世話になりました。。。」

 

いつもの帰り道。

本当は、ヤマグチさんとも最後になるので、いろいろ話して帰りたかったが、、、

10人ぐらいもいると、集団が2~3に別れ、その場の雰囲気や空気に合わせたり、先輩方に失礼のないように!なんて考えて、なんやかんや周りに流されているうちに・・・結局ヤマグチさんとは一言も話せないまま駅に着いてしまった。。。

 

最後の最後、ヤマグチさんと二・三でも言葉を交わせたか、まったく記憶がない。

ただ、ヤマグチさんと最後の別れを済ませた(!?)あと、帰り道でヤマグチさんと同じ集団にいた、ある先輩からこんなことを教えてもらえた。

先輩「いつもはあんなに話好きなヤマグチさんなのに、、、今日の帰り道は一言もしゃべらなかったよ。前を歩く君の後ろ姿を、ずっと見てたよ。」

 

一番最後の最後で、ヤマグチさんにとっても僕との別れは寂しく、2人の間柄には ”特別感” がきっとあった!であろうことを把握できたことが、せめてもの慰めになったのだった。

 

 

 

建物がまだ完成しきっていない、二人だけで養生・クリーニングしていた時期にヤマグチさんから教えてもらった、一番印象に残る話で締めくくるとする。

 

 『当て馬』にはなるな

 

当て馬って知ってるか?

競走馬で、サラブレッドを作るときの話なんだ。

 

足の速い馬を作るためには、当然、親も足が速い血統種の馬同士を交尾させるわけだけど・・・

問題は、どうやってオス馬とメス馬を交尾させているか、という話。

 

当て馬ってのは、メス馬に発情の傾向があるかどうか調べるために使われるオス馬のことなんだ。。。

だからもし、メス馬に当て馬を近づけていった結果、メス馬に発情の傾向があることが分かっても、、、その当て馬は交尾できない。

メス馬を興奮させるだけさせといて、実際に交尾するのはサラブレットのオス馬、というわけなんだ。

 

酷い話だけど、聞く分にはおもしろい話だろ(笑)

 

でも

人間である自分に置き換えて考えたら・・・

結局は、、、当て馬のような人生になってしまった俺みたいな人生を、君は歩むなよっ!

 

それから半年後。

僕が大学4年生の夏休み中の9月。卒論に本格的に取り組まなければならない時期だったのを記憶している。

何かをきっかけに、ヤマグチさんとの想い出を思い出した。

それで、思い切って電話してみた。。。

 

一応、電話をかけるタイミングは考えたうえでの電話だったが。

電話には出てくれなかったのか出られなかったのか・・・

留守電を入れるも、以後連絡はなかった。

 

その時分は。

まだ、ヤマグチさんの ”一山” は訪れていなかったのかもしれない。

                                <完>

 

☆ご愛読ありがとうございましたぁ!

来週の火曜夜、<編集後記>が最後となりますっ★

 

神が恐れた男<後編>

「最近、刑事課に顔を出さないじゃあないか。

どうなの、調子は?」

 

季節も冬に近づき、夕刻には寒さが一気に押し寄せる11月上旬。

日が沈むのもすっかり早くなった、と感じ出した頃だったのを記憶している。

 

警察の独身寮4階通路の西側の窓で、夕日を浴びながら黄昏ていたその人物は、まぎれもなくその人だった。

 

僕「係長!」

 日頃、警察署で会うことしか有り得ない人物が独身寮にいて、しかもそれが、以前自分が刑事課強行係で、実習中お世話になった人間とあらば、驚きはひとしおだった。

 

刑事ドラマで出てくる俳優さんのような、まさに刑事やってるんだな、と感じさせるルックスを持つ係長だった。細身で高身長、、、

一方で、ドラマの刑事役とは正反対に、目つきは "眼光鋭く” といった印象は受けず、優しい眼差しの持ち主だった。

他県から本県に来た、という共通点が僕とはあり、係長からの当たりが温和だった。

僕という人間に興味があるようで、K刑事同様、実習期間中は何かと気にかけてくれたのだった。

 

僕「係長、今日はどうされたのですか?」

係長「Kの様子を見に来た。あの感じだと、ヤバいなぁ。」

 

警察官は、意外とタバコを吸う人が多い。

しかし、この係長は珍しくタバコを吸わない。

そういった共通点も僕とはあり、僕と同じ ”におい” のする人間だった。。。

 

係長「Kが倒れてから、捜査が進まない。なんて、、、弱気なこと言っちゃならないけど。」

僕「でも、確かに、Kさんの代わりが務まる人、そうそういないですもんねぇ。」

 

 少し間があった。。。

 

すると係長は、僕の方へ改まり向き直って、言った。

係長「Kのこと、面倒みてやってな。警察は、チーム力だから。

実習終わっても、君は強行係の一員だからな。」

 

係長からのあまりの急な発言に、一瞬窮したあと、僕は言った。

僕「はいっ!もちろん、そうします。」

 

偶然のタイミングだったとはいえ、係長から直々にお願いされ、頼りにされるような発言が聞けたことが嬉しかった。

 

人間関係とは不思議なもので。。。

職場や、警察組織のようなはっきりとした縦社会の力関係があっても。

”持ちつ持たれつ”

一方通行ではなく双方向。お互い影響し合い、助け合いながら成り立っているものなんだと痛烈に感じることになった出来事だった。

 

 

 

K刑事と二人きりで、実習期間中、一度だけ捜査したことがある。

捜査といっても、刑事ドラマのような事件性を探るために目撃者から聴取したり、現場臨場したり...という類のものではなく。

ある事件の証拠になるかもしれないパソコンのデータ解析を県警本部と科捜研にお願いしに行く旅、いや、立派な ”捜査” 、重要な役目です(笑)

 

この日は、Kさんと二人で、実質的には ”デート” だった。

 

刑事って暇!?という誤解を生まないために、注釈をつけると・・・

証拠品の分析や解析を科捜研に依頼する際、宅急便や郵送などの他企業での輸送は使わず、必ず警察関係者が直に持参する。

普通は、『警務課』という課の人間がその役目を担っている。

僕が実習期間中だった春先は、事案が少なく落ち着いてた時期で、さらにKさんも刑事になって間もない時期。

よって、経験値を積ませるため、Kさんにこの役目を任せ、さらには実習生である僕にも警察捜査の仕組みを勉強してもらう機会になるだろう、という係長の計らいだった。

 おそらく、こういった表向きの理由とは別に、、、

「二人にとって良き思い出になるだろう」といった係長の意図も感じた。

 

パソコンデータを科捜研に提出してから、結果が出るまでの数時間。

どうやって時間を潰したか。

つけ麺屋で昼食を食べたことと、僕のスマホのカバーを買いに行ったことを鮮明に覚えている。

 

「やぎさん、時代の流れに遅れなかったね。」

世の中はスマホの時代にとっくに切り替わっていた。刑事課実習中、Kさんからスマホにしといた方がいいとの薦めがあり、ガラケーを辞めた。

その助言直後の時期だったので、「やぎさん、スマホにはカバーと画面保護シールつけた方がいい」ということで、家電量販店へ行ったのだった。

 

何を会話したのか、あまり覚えていない。

でも、Kさんの過去の経歴を知ったのは、おそらくこの時だったと思う。

一つだけ、異性の話で盛り上がった記憶がある。

 

「自分が理想としている女の子と、好きになるタイプって、違うんですよねぇ・・・」

そんなことを言い出すKさん。

僕「確かに、言われてみるとそんな気もするなぁ。

もしくは、自分が好きになった女の子が理想のタイプになっていくような感じもするんだけど。初めから理想はなくて、好きなタイプというのもなくて、いわゆる、”自分の好みのタイプは、好きになった異性がタイプ” みたいな感じ、ありませんかねぇ。。。」

 

そんな会話をしたことだけは、今でも頭に残っている。 

 

 

署に戻ると、係長が顔をニヤニヤさせながら、開口一番「Kとの ”捜査”、どうだった?」と聞いてきた。

僕「つけ麺食べました。Kさん流石っす。特盛を注文したのまでは分かりますが、僕が瞬きする間もなく、一瞬で平らげてました(笑)」

 

捜査どうだった?と聞かれての返答として、決して適切な発言とは思えませんが(笑)

 

”神が恐れた男” と称されたKさんも、普通の男の子なんだと実感した二人旅だった。

 

 

 

Kさんと僕の寮室は、同じ4階で、一番端が僕、端から四つ目がKさんだった。

コンコン

間もなくして、扉が開いた。

そこには、今まで見たこともないKさんが仁王立ちしていた。

僕は思わず、背筋がゾクッとした。

無言、さらには顔に全く笑顔がない。

いつもなら、「うわぁ、やぎさんが来たぁ」とか言って薄ら笑いしているのに。。。

 

彼をここまで追いやった事件の数々、たとえ面識がなくても、悪いことをやって今もいけしゃあしゃあとシャバで泳ぎ回っている被疑者たちに、強い憤りを覚えた。

 

と同時に、Kさんが警察側の人間で本当に良かった、とも思った。

もし、Kさんが向こう側の人間だったら、捕まえるのに警察組織の人間が一体何人必要だっただろう・・・

 

「僕は、けっして中高時代は模範生とは言えなかったです。隣町の不良相手に喧嘩とか、ザラだったです。でも、一線は越えなかった。なぜなら、小さい頃から、おばあちゃんが可愛がってくれた。ヤバいと思うことに手を出そうとするとき、おばあちゃんの顔が思い浮かんだ。だからやらなかったです。」

 

 廃人と化したようなK刑事の様子が、薬物常習者に見えたことを発端に、以前Kさんがそんなことを言ってたことを思い出していた。。。

 

 

でもさすがはKさん!

回復はあまりにも早かった。

僕が地域課で、一当務(交番勤務→非番→週休)を終えるころには、K刑事が署に復帰したとの噂を耳にしたのだった。。。

 

 

 

僕が警察官を辞めることになってから、約二週間は『寮室待機』という期間だった。

県警の本部長からの辞令が発行されるまでは、退任が認められないためだ。

 

この間は、制服や装備品の返却、捜査書類の不備の手直し、警察関係資料の廃棄、そして、お世話になった関係者の方(役職者)へのあいさつ回りなどに翻弄された。

それでも、すべてを終えるのに一週間もかからないため、久しぶりに小説読書やDVD鑑賞などをしてのんびりと過ごしていた。

 

そんな折、、、Kさんの方から、ある日寮室に遊びに来た。

「やぎさん、警察官辞めてどうするの?」

いつもの、少しばっか僕をおちょくった口調の中には、明らかに寂しさをにじませていた。。。

僕「自分は、やっぱり運転業が性分に合ってるようです。親父もそうだったし。だから今度は、いままで乗ったことのない大きいサイズのトラック運転手になろうと思ってるんです。」

 

「やぎさんのこと、心配はしてないですよ。人には向き不向きがあるのは事実だし。そういう道もあるんだと思います。でも・・・」

そう言って、こちらをまじまじと見つめたかと思ったら、話が続いた。

「やぎさん、お酒の飲みすぎだけは、気をつけてくださいね!」

 

さらに続けた。

「やぎさんは、懲戒処分で警官やめるんじゃあないし、、、県に遊びに来てください。そして署にも、、、ぜひ顔を出しに来てください!」

 

そう言うと、自然な流れで握手へ。

僕は一瞬、ひるんだ。

握力が強いKさんは、日頃僕ら若い衆と握力相撲(!?)を求めてきては、僕らをイジり倒していた。

僕「今日はさすがに、大丈夫ですよね?? ・・・ うっ、痛いっ。」

この時もいつものごとく握力地獄が待っていたが、、、一瞬の力みで勘弁され、初めて!の穏やかな握手をして別れた。

 

 

 

この寮室での別れ際、K刑事から言われた最後のアドバイスで締めくくるとする。

やぎさんと僕で、正反対のことがあるんですけど。。。分かりますか?

 

やぎさんは、いつも物事を見るとき、下から見てる。見上げてる。

「 自分にも出来るかなぁ、大丈夫かなぁ」って。

 

僕は、いつも、上から見てる。

「自分にも出来るだろう、大丈夫だ!きっと。」って。実際やってみて、出来たら、「ほら、やっぱり自分にも出来た」って思ってる。

 

それだけの違いなんです。

 

神が恐れた男

その人は、警察官であり、凶悪犯罪を専門とする強行係の刑事さんだった。

 

20代半ば。独身で、遠距離の彼女さんが東京にいる、と当時は言っていた。

僕とは、5~6歳年下だったが、微塵もそんなことは感じず、むしろ ”頼れる兄貴” 的な存在だった。

テレビドラマの刑事役の俳優さんは皆ほっそり体型のため、彼が刑事だと知らされるまでは誰もそうだと思わないだろう。それぐらい大きな体で、警察学校時代には、握力測定や跳躍飛びで新記録を出し、未だに破られていない。

 

警察組織は機密情報の塊なので、、、このブログでは『Kさん』と銘打つ。

 

 

 こんなエピソードが、署で語り継がれている人物だった。

Kさんが刑事になる前の、警察学校を卒業したばかりの実習期間中、すべての課から「Kがほしい」と言われた男。交通一・二課、生活安全課、そして刑事課・・・

 

でも僕は、噂を耳にしていても、先入観なしで自分の感性でKさんのことを判断してやろう!、と密かな思いを内に秘めていた。

 

そんな僕が、Kさんの秀逸さに出くわした体験が、2つほど。。。

 

 

一つ目は、僕自身が刑事実習中、すでにKさんは新米刑事で、ある現場に臨場した時の話だ。

 

 僕のような実習生が現場で出来ることといえば、雑用と図面を書くことぐらい。。。

遺体が発見された家屋の平面図を書くよう指示された僕。

 

必死に図面を作成し、我ながらなかなかの出来栄え!、と自己満足。

そこに、K刑事がやってきた。

「やぎさん、図面OK?」

 

さすがは、Kさん。

ご遺体の関係者や鑑識課の方たちと、何やら色んな話をしている最中、”ひよっこ” 実習生の面倒を見ることも忘れていなかったのだ。

 

僕は、どーだ!!と言わんばかりに、図面を差し出した。

K刑事は、しばし図面を眺めると、こんなことを言った。

「やぎさん、この図面書いてて、疑問に思ったことなかったですか?」

 

僕「疑問ですか?疑問??うーん、特には・・・」

 

K刑事は、僕をバカにするわけでもなく、淡々とこんなことを言った。

「やぎさんだったら、トイレがない屋敷に住みたいと思いますか?」

 

僕「えっっっ!」

確かに、自分が書いた図面をよく見ると、トイレがない・・・

 

どうしてどうして。

まさか、掛け軸の裏側に隠しトイレあり!

んなバカな(笑)

どうしてなの。。。

 

「別に、やぎさんが書き損じたわけじゃあないと思いますよ。」

そう言うなり、K刑事は視線を少し遠くの、庭先にある小さな小屋に目をやった。

 

そうなのだ。

この家屋は、築年数がだいぶ古く、トイレ→厠(かわや)が別の建屋にあったのだ!

 

※「やぎさん」と「さん」付けなのは、警察組織の徹底的な縦社会によるもの。

”階級・先輩後輩・年上年下”

どれか一つでも、自分より上の要素を持つ相手には敬意を持て!という教えから。

 

 

もう一つの体験。

 

家屋全焼の火災見分で、K刑事と共同で臨場したときの体験だ。

 

 火事は、放火なのか?それとも家主の不注意からなのか?という事件性を探るため警察が動くことは、一般人でも知っているし、実際の現場では消防の方たちとの共同作業になる。

でも、焼け焦げた現場を、実際に片付けるのは、警察側の仕事なのだ。

捜査+片付け

そんな折、こんな出来事があった。

 

まず凄いと思ったのは、全焼して家の骨組みぐらいしか残っていない状態から、家を頭の中で復元して平面図を描いていたK刑事。

当然実習生などにはできるはずもなく、、、いや、ベテランの刑事さんでも難儀だったに違いない。

 

それを証拠に、、、

消防は消防で、報告書作成のため現場検証するのだが、図面担当と思われる消防隊が手をつけられず・・・

その様子を見ていたK刑事。

「もしよかったら、この図面参考にして下さい。」

そう言うなり図面を差し出すと、

消防「・・・。すごい。すみませんが、これ、そっくりそのまま写させてもらってもいいですか。」

その二人の様子を観察しているだけの僕、、、みたいな(笑)

 

しかし、本題はここから。

警察も消防も実況見分が終わり、いよいよ僕ら若い衆の警察官の出番。

現場の片付けをしている最中での話だ。

 

庭に面し、縁側があったと思われる掃き出し窓を解体する際での出来事だった。

その掃き出し窓を枠ごと取り外せ、との上司からの指示に、ある警察官がさっそく作業に取り掛かろうとしたのを目撃するやいなや、

「それだと、”志村けん” みたいになって危険だよ!」

と注意するK刑事。

 

二十代の警察官は意味が分からなかったのだろう。その場に凍り付いたままだ。

 

僕「窓を ”引いて” 解体しようとすると、枠ごと自分の方に倒れてきて危ないから、反対側に回って、"押し倒したら" ということだよー。」

 

二十代の彼は、志村けんのコントを見たことがなくても、不思議ではない世代。

障子の枠ごと頭にズボッと倒れてきて、目に星が回っている・・・というコント。

危険を察知したK刑事が、瞬時にそんな状況が頭に思い浮かび、それになぞって注意喚起したことに、Kさんの非凡さを垣間見た僕だった。

 

 

一体全体、このKさんとは何者なのか。

 

 警察官になる前の現役の大学生時代は、ある陸上競技のアスリートだった。

ニュースで取り沙汰されるぐらいまでの成績を残していた。

その証拠の記事を、ネットニュースで僕に見せてくれた。

皆が就活の時期は、プロのアスリートになりオリンピックを目指すか、悩んだ時期もあるという。

 

結局、他にやりたいことが見つかって、その道は選ばなかった。

警察官も、『道の途上』。

その目的のためには経験を積んでおきたい、ということだった。

残念なことに、その目的が何なのか、までは教えてくれなかった。

 

でも、代わりに、こんなアドバイスを僕にしてくれた。

 

「成功の秘訣は、”イメージトレーニング” なんです。

 前日の夜、寝る前にも、競技場についたらまずどんな準備運動をどのくらいして、、、体のどことどこの部位はこういう動きをして・・・そこまで考えます。何回も何回も繰り返し。。。

イメトレしておかないと、いざ本番自分の番になっても、競技場の雰囲気に呑まれ、委縮して何もできなくなります。競技場には『魔物』がいますよ。

だから、事前の練習が大事なのはもちろん、イメトレを頭の中でずっと繰り返す。

きっと仕事も一緒ですよ!」

 

「実は、やぎさんがどういう経歴の持ち主なのか、知ってるんです。

刑事なんで。調べれば簡単に分かってしまうんです。

やぎさん、怒らないこと知ってるから事前に許可を得なかったですけど。今白状しておきます。

 

受験と一緒です。

やぎさんも、受験のときはイメトレをたくさんしていた。

だから、その大学に合格できた。

警察の仕事、覚えることたくさんあるように見えますけど、、、受験と一緒です。

だから、やぎさん大丈夫です。

ビビらないでも。

 

もし、分からないことがあれば、何でも僕に聞いてください。

地域課で大変な思いをしていること、噂で聞いてます。でも大丈夫、僕が付いてるので大船に乗った気でいてください!」

 

 

『完全無欠』という言葉は、まさにKさんのような人のためにある言葉だと思った。。。

 

しかし、そんなK刑事でも、急増した事件・事案に追われ・・・

 

忙しさと疲れには勝てなかった。。。

 

僕が刑事課強行係に実習したのが春先。

秋~年末は、毎年事件が増加傾向だが、この年に限ってどういうわけか、例年にも増して事件が多い!と署の諸先輩方が口々に言っていたのを記憶している。

 

結果。

K刑事が倒れた。

 

<後編につづく>

『遅すぎなかった、春』説

その人は、河川生物の学者 兼 現場の調査員だった。

 

40代前半。既婚者で、子どもが5人いる。いた。。。

現在は、3人。。。

映画「インディー・ジョーンズ」のジョーンズ博士(ハリソン・フォード主演)のような人だった。博学でありながら、現場もどんどん行く、みたいな人であった。

川に生息している生き物を調査する、期間限定の仕事。

三か月間。12月1月2月。

真冬の川に入って、生物採取というのは、確かに辛かった。

でも、「辛い」と意識することはなかったに等しい。

 

 

研究所の方々との出会い

河川での自然や生き物とのふれ合い

に癒された期間だった。 

 

この時期は、僕が大学を卒業して間もない時期。

”友達以上恋人未満” の友達と別れて半年。

「別れて以後も連絡は取りあう方向性で」との最後の別れから半年。

音信不通になっていたので、久しぶりメールで連絡するも、、、

アドレスを変えられていた!出来事から、なんとなく気分が沈みがちだった。。。

 

異性とまともに交流したことのなかった僕だけに、内面的に非常に落ち込んだ記憶がある。この職場の方たちとの出会い、自然環境での仕事、という二点が本当に救いだった。

 

 

名は、スノウチさんという方だった。

自分の話をするのが好きな方だなぁ、というのが第一印象。

柔道をしていたというだけあって、とにかくガタイが好く、その体格に似合わず、瞳はつぶらだった。

 

さらに、こちらの質問に対しても、赤裸々に答えてくれたのが気持ち良かったことを覚えている。

「嫁との間には、子どもが5人できたんだ。現在は3人。

一人目の長男が、3歳の時、病気で亡くなった。

その出来事で、嫁は豹変したよ。別人みたいになった。

 

家事の一切をしてくれない。テレビを見て、食っちゃ寝、の生活。

特に苦手なのが、食器洗いと掃除。

未だに俺がやってる。仕事から帰ってからね。

 

『食器洗い機があれば』、と言うから買ったよ。高かったけど。

そしたら、今度は、食器を出して拭く作業が面倒くさい、と言い出した始末。」

 

僕「よく、離婚しませんでしたねぇ・・・」

 

おそらく。

僕が聞いてもいないことを、ここまで自分から話をするのだから、、、

聞きにくいことではあったけど、スノウチさんの感情を害することもないだろう、と想像したので質問してみた。

 

「離婚しても、何も変わらないから。

だって、現状でさえ、俺一人で仕事して家事もほとんどやってるし・・・(笑)」

自嘲的に笑った後、すぐに付け加えた。

「子どもへの愛が大きすぎたからこそ、無気力になっちゃったんだな、きっと。

一人目の息子の死は、あまりにも大きい出来事だったから、仕方ないんだよ。」

 

「嫁は、結婚した当初は、本当に美人でスタイルも良かった。

銀行員だったんだ。

たぶん、、、挫折することが少なかったんだ、これまでの人生は。

嫁のお父さんが、県警の術科(柔道・剣道など)の指南役で。

そういうご縁で、俺と知り合った。」

 

「結婚直前、2人のことを占ってもらったことがあるんだ。

結果が好くなくて・・・

でも、占いが悪いからって、結婚は取り止めないよね。

今から考えると、あの占い、当たってたんだな。」

 

最後の方の発言が、学者さんらしからぬ発言だったことに、内心驚いたけど。

カリスマ的な学者さんでも、人間なんだなぁと思い、親近感が湧いた。

 

こういった身の内話をしてくれたタイミングというのが、、、

僕と、もう一人の助手さんの方がいて、その人が風邪でお休みした時だったこともあり。

スノウチさんが、僕のことを「話せば分かる相手」だと見込んでくれたからこそ、だと思いあ上がった。実際は分からないけど。

 

それでも、尊敬している人物のことが少しでも知れたことは嬉しく、こうして今でも鮮明な記憶として残っているのだ。

 

 

人を見る観察眼にも優れている方だと思った。

 

僕と、もう一人の助手さんの特性を、いつの間にか見抜いていたことにビックリした。

 

川で生き物を採取する

と一口に言っても、”定量採取” と ”定性採取” というのがあった。 

 ”定量採取” は、「決まった容量内に、どんな種類の生き物が何匹いるのか」を調べる調査で、 ”定性採取” は、「できるだけ、多くの種類の生き物を見つけられるか」を調べる調査だった。

この二つの調査を、県が数年に一回調査することで、河川の汚染具合を把握できる、という仕事なのだ。県の勅令を受けている研究所というのが、僕が偶然出逢ったこの研究所だったのである。。。

 

もう一人の助手さんというのが、本当にあらゆる生き物が好きな方で。

面接のときには、生き物の標本を持ってくる!という熱心さに面接者もたまげて、採用したというエピソードの持ち主。

このぐらいの根性と、生き物に対する ”愛” がある方と比べると、僕が採用になったのは申し訳ないぐらいだった。

 

僕と、熱心なその人。

この二人の特性を、見事に言い当てるスノウチ博士。

「〇〇さんは、定性調査が得意だよね。

過去に、〇〇さんほど色んな生き物を採取してくれた方はいなかったかもしれない。

一方、✖✖さん(僕)は、定量調査の方が向いてるよね。細かい作業とか、苦じゃあないでしょ!?正確さが求められる作業にピッタリだよ。」

 

言い当てられたことに、舌を巻いた。

 

 

 

こうして、、、

スノウチさんとの出来事を思い出しながら、原稿を打ってる今まさにこの瞬間、「待てよ。あの出来事の真相はどうだったのだろうか・・・」と 、10年近く経った今になって、ふと疑問に感じたエピソードがある。読者の皆さんなら、どう考えるのだろう。。。

人生は、いつも

”真相は闇”

という言葉が付きまとうものだ。

 

 

スノウチさん、熱心な助手さん、僕

の三人のチームが、連携良く作業にも慣れだした頃の時期の話である。

 

この仕事は、一日でだいたい、河川のスポットに2~3か所調査しに行く。

その日は、箱根湯本方面の調査だった。

 

一か所目が終わったとき、スノウチさんが、

「体を痛めたので、今日の調査はこれで終了。撤収するからね。」

 

僕と熱心な助手さんは、あまりにも想定外な展開に茫然。

でも、少なくとも僕は、「スノウチさんには悪いけど、今日はラッキーだわ。」と思ったであろう、当時の僕。

 

 こんな不届き者がいるにも関わらず、さらに ”ラッキー” は続く。。。

 

車の運転は、日頃からほとんどスノウチさんがしてくれていた。

体を痛めたというその日も、帰りがけの運転はスノウチさん。

今から考えてみると、この点が如実な不自然な点。。。

 

「体を痛めた箇所を治療する目的のために、温泉行くからネ。」

なんと!

着いた先は、日帰り温泉ではありませんか!!

 

さらに!!!

「あっ、突発的な出来事だから、費用は会社持ちだから。」

僕と熱心な助手さんは、いざなわれるようにして箱根湯本の温泉を楽しんじゃいました、めでたしめでたし。という展開。。。

 

 ・・・

スノウチ氏は、まさにハリソン・フォードばりの演技力さえも持っていた!?

 

 

 

そんな、カリスマ・スノウチさんから、2人きりのタイミングで言われた、忘れられない一言で締めくくるとする。

 自分が、「好きだ」と思ったことを仕事にすればいい。

「自分にやれるかな、自分には相応しくないのでは?」なんて考えなくていいよ。

 

この河川調査の仕事をしてみて、「世の中に、こんな仕事もあるんだなぁ。」って思わなかったかい??

俺は、こんなことしてるけど、、、

これで十分、飯は食っていけるし家庭も養っていけるんだよ!

 

世の中見渡すと。

みんな、そんな感じだしね。それでいいと、俺も思ってるし。

 

だから、君の学歴や経歴を見ると、もっと思い切ってやってほしい。

失敗してもいいから。

それが、俺の本音。

 その後、期間限定ではあったが小学校教員や、警察官の職に就いたときは、研究所の皆さんがわざわざお祝いしてくれた。

自分も将来、この方たちのような、素敵な歳のとり方をしたいものだ、と思った。

 

 

 

 

”大将” と呼ばれた男 VS ”夢追い人”な完璧主義者

その人は、電力会社の子会社の社長のお兄さんだった。

 

 

60代後半。独身・離婚歴ありで、子どもは成人し離れて暮らしている。

体格が好く、歳の割には肉付きが良い。ガタイのよさと貫禄のある雰囲気からだろう、皆から「大将」と呼ばれていた。。。

そう、前回の投稿で登場した、あの ”大将” である。

 

前回の投稿で、この大将さんに対するイメージはよろしくないと思うが、人柄的にはけっして悪い人物ではない、と感じていた。

 

 朝のミーティング前のちょっとした時間。

皆、まだ仕事モードではなく、まどろんでいる時間帯。

「なぁ、これちょっと、見てくれない?」

と言って、僕に差し出されたのは、パソコンでプリントアウトしてきたと思われるカラー刷りの写真の数々・・・

それを、一枚一枚、紙芝居を見せるような感じで、僕にお披露目してくる。

・水面に浮かんでいるカルガモの写真

・樹木の木々の写真

僕「はぁ・・・はい・・・。まぁ、朝だし、こういう癒し系、大切ですよね!」

☆ お姉ちゃんの〇〇な写真

僕「えっ!!大将、朝からヤバいっす(笑)」

・水面に浮かんでいるカルガモ親子の写真

・樹木や草花の写真

☆☆☆ お姉ちゃんの✖✖な写真

僕「大将、朝っぱらから、しでかしてくれますねぇ(笑)」

 

風貌に似合わず、ひょうきん者。

それでいて、社長の兄貴だというのに威張ってなかった。

 

 

前回投稿の、耐電圧試験前の時期のお話。

僕は、この大将から、俗に言うところで、可愛がられることに。

僕は僕で、”ある一点” を除けば、大将のことがけっして嫌いではなく。

むしろ、どちらかと言えば馬が合い、大将が僕の営業所に応援に駆け付けたときは、大将・職場の先輩・僕の3人で仕事後飲みに行ったりもしていた。

 

その ”ある一点” というのが、”仕事をズルする、まじめにやらない” という点。

 

耐電圧試験は期間限定の仕事で、日頃僕は、『送電線のパトロール』という業務を行っていた。

送電線は、街中の電信柱間にある配電線と違い、裸線。配電線みたいにビニールに覆われておらず、また高電圧なため、ある一定の離隔(距離)内に入ると感電する。

普通に生活していれば、鉄塔に近づき送電線で感電する心配もいらない。

でも、工事現場のレッカー(クレーン)などは、地上高が高い位置まで伸ばすので、注意喚起してあげる必要がある。

さらに、他にも季節モノの警戒が必要で、春には、カラスが鉄塔に巣を作ったり、線下にある竹の子が急成長して近づく恐れがあったり。

これらは、いち早く発見して、取り除いてやらなければならない。いち早く!

さもないと、漏電して、街中が大停電に見舞われる。

 

大将は、このうち、主に『カラスの巣・警戒パトロール』だった。

そう、大将はパトロールをまじめにやらなかった結果、他のパトロール班がカラスの巣を発見したときには、すでに "100%" と呼ばれる状態まで巣が完成していた。

大停電が起きなかったのは奇跡。

トロール班は、双眼鏡を使って鉄塔を観察し巣の発見に努めるが、100%の状態までになっていれば肉眼でもそれを確認できるのだ。

 

この出来事をきっかけに、僕の気持ちは次第に大将から離れていったように思う。

 

 

そして、耐圧試験のとき。

現場ではあんな調子なのか、と失望した。

 ”一生懸命やる姿勢はあるんだけど、歳のせいで、皆と同じスピードでは出来ない”

それだったら、全然分かる。

「みんなで、大将の分までカバーしていこう!」という雰囲気になるだろう。。。

 

 

そしてついに。

いよいよ、大将とも一戦交えることに。。。

耐圧が終わった直後の時期に、大将がまた僕の営業所に、名ばかりの応援に来た。

” 遊びにきた”・・・

「今、通院している病院で、親しくなった看護師さんがいる。今度一回、3人で食事でもしないか。女の子を紹介してやる。」

ということだった。

気持ちは嬉しかった。

でも、ありがた迷惑な話だった。

 

僕は、今現在、独身だ。もちろん、当時も独身、彼女もいない。

今でこそ、だいぶ僕の考えも丸くなったとは思うけど。。。

当時は、「彼女を作るなら、その子との出逢い方は大切だ」と考えていた。

つまり、人からの紹介で女の子と知り合うのだとしたら、その紹介してくれる人物がどんな人物か、まで重要視した。たとえ、会ったこともないその子が、どんなに良い子だったとしても。

仕事をまじめに出来ない人の紹介では、僕の気持ちも盛り上がらないだろう、と思ったのだ。

 

そこで、後日、さすがに面と向かっては言いづらかったので、大将に電話してこの話を断った。

当然、大将は怒った。

「お前は、社会で生きるということがどういうことか、全然分かっていない。」と。

 

 

退職のあいさつ廻りの時期。

僕からまだ何も連絡が入ってなかったのだが、大将から一通のメールが届いた。

厳密に言うと、メールはメールでも、テンプレートと呼ばれる少し手が込んだもの。

 「Bye Bye」

モグラがモチーフと思われるキャラクターの親子が、舞台の幕が上にスッと上がると、2人でバイバイしている。

なんとも、ほっこりさせてくれる。。。

 

 

 

退職して半年後の夏ごろ。

 

何かの拍子に、以前もらったこのテンプレートメールのことを思い出し、大将のことが急に懐かしくなった。

それで、思い切って電話してみた。

そのとき、大将が僕に対して言った言葉で、締めくくるとする。

人付き合いってのはな、”水物(みずもの)” なんだ

その時、その瞬間の、お互いの熱があってのことなんだよ。

 

でも、まぁ、、、

連絡くれたことは嬉しかったよ。

それ以降。。。

僕は大将に電話していない。

もちろん大将からも連絡は一度もなかった。

 

”生粋の職人気質”な親方 VS ”厚顔無恥”な若造

その人は、草刈り職人 & 配電線工事の装備資機材の耐電圧試験の親方だった。

 

50代後半。既婚者であり、子どもがいて、孫もいる。

福島県出身なので、会話の語尾のイントネーションが尻上がりにあがる。

「ホンダさんは『ズーズー弁』だ」と、社内ではもっぱら言われていた。

 

 福島に移り住んだことのある僕だが、福島弁(!?)は好きだった。

「お互い様」という言葉があるけど、福島では、「お だ が い さ ま」と、「た」ではなく「だ」と濁る。

福島出身の同僚に理由を訊ねると、「きっと、特別な意味はないんだろうけど・・・。その方が、温かみが感じられませんか??」という答えが返ってきた。

 

なるほど!僕も同感で、この福島弁で話すホンダさんの第一印象はとても良く、スタートは良かったのである。。。

 

 

あれ!?っと感じ出したのは、最初の耐電圧試験場所である、中営業所での出来事であった。

僕には、この会社で、唯一無二の同僚が一人いた。同時期に入社。所属営業所は別。

耐電圧試験は期間限定での招集のため、日頃は皆々、所属の営業所で各々の専門分野に取り掛かっている。同僚は僕より年配で、感じの良い方だった。 別な言い方をすれば、”普通の方”。

だから、この同僚が、ホンダさんと一戦交えて自主退職することになったときのことは、鮮明に覚えている。

 

「何をやっているのかね~~~」

と、仕事の流れがスムーズにいかなくなると、僕たち下っ端をシゴき出すホンダさん。

上手くいかない理由も聞かず、とにかく「お前らは駄目だ」的な態度で接してくる。

それに反応した同僚。

 当然だったと思う。

 今思い返してみても、気の毒だったとしか言いようがない。

 

ホンダさんの、癇癪持ちな ”短気な” 一面を存分に経験した一方で、”忍耐強い” 一面も覗かせた場面がある。

親会社にあたる役員が、現場を視察に来た時なんかは、とにかく胡麻をすっていた。

”ヘラヘラした態度” の模範解答を示してくれた。

「上に立つ人間は、下の者には分からない大変さを抱えているんだ」と自分に言い聞かせて、耐電圧試験の現場に出向いてた記憶がある。

 

そんな中、ついに僕が筆頭になって、事件が起きたのだった。。。

 

 

中営業所 小田原営業所 横須賀営業所 高島営業所

という、神奈川県内の様々なエリアに耐圧しに行く。

中営業所は横浜市の中枢に位置し、とても大きかった。中営業所が終わった段階で、耐圧メンバーが一気に絞られた。ホンダさん、元電気工事士のおじさん、そして僕の3人。

 

12月だった。これから冬本番!という寒い時期、小田原に遠征しに行ったときだった。

 

”大将”

と、皆から呼ばれる、社長のお兄さんがいた。60代後半、だから結構な御歳。体格が好く、歳の割には肉付きが良い。大将という愛称は、そのガタイのよさと貫禄のある雰囲気からだろう。とにかく迫力が違った。

この大将、一言でいうと、悪い人ではないんだけれど、現場仕事が出来ない方だった。

つまり、時間の制約をまったく意識してくれないから、周りの人は肝を潰したと思う

。平たく言えば、イライラ・・・

 

中営業所のときに、2回ほど応援に来た。実際は応援とは呼べない。油を売りに来ただけだ。 

小田原営業所以降は、元電気工事士のおじさんがお休みの時、大将が来た。

困った。

どうやって、大将を失礼のないように煽っていくか?こっちのペースに持っていくか?

事件はそんな状況下で、勃発した。

 

 

この状況を知っているにも関わらず、親方であるホンダさんがまったく大将を叱責しない。

日頃、さんざん僕や元電気工事士のおじさんには当たり散らしているのに、大将には何も言おうとしない。

その理由が、社長の兄貴だからなのか、「ホンちゃん」と大将が愛称をつけるぐらい昔からの ”よしみ” の仲だからなのか・・・

いずれにしても、仕事に支障がある動きっぷりなのだから、言うべき場面では言って欲しい。もし、どうしても本人に言えないのなら、社長や取締役の人に相談すればいいと思う。。。

僕がはっきり言ってもよかった。

でも、角が立ちませんか??

 

後日になって、ホンダさんから「スケジュールが遅れている」と騒がれても、「その主な理由、あなたも知ってますよね?」と、僕は僕で言ってやりたい。

 

 いや、ついに言ってやったのだった。

会社に戻る際。

トラックを元電気工事士のおじさんが運転してくれているとき。

僕が助手席、運転席にはおじさん、間にホンダさん。だから、物申しているとき、二人の表情がよく見えた。

おじさんは、表情一つ変えず、凍り付いている感じ。

肝心のホンダ氏は、、、

これまた、表情一つ変えず。目はずっと閉じたままだった。かたくなに。

 

この日以降、何もやかましいことは言われなくなった。

反対に、僕は ”いないもの” として扱うことで、先日の出来事に応戦している感じだった。

 

そんなこんなで。

耐圧試験の方は、すべての作業を終え、結果としては予備日までくい込むことなく終えられた。

 

 

この2か月後、東日本大震災が起きた。

 

東京電力の子会社の子会社ぐらい、つまり『孫請け会社』ぐらいのポジションが僕の会社だった。

僕は、「この会社では、先細りで未来がない」と踏んで、退職の意向を示した。

言葉は悪いが、この会社と一緒に心中するつもりはなかった。

 

退職の挨拶廻りの時期、ホンダさんに電話しようか迷った。

人として、好きになれない一面もあったが、お世話になったのも事実。

今現在、あの当時を振り返ってみると、、、

あの出来事をきっかけにして、”たとえ相手が上司でも、そして、たとえ上司の『逆鱗に触れる』ことになっても、言わなければならないときには言う”  という精神が培われたように思う。

 

思い切って電話することにした。

電話には出てくれた。

耐圧試験のときとは全然違う口調で、終始、福島弁の穏やかで優しい話しぶりだった。

電話を切った後、「本当は皆、性悪な人なんていないのかもしれない。でも、お互いの立場やプライド等、複雑な人間関係の中で、みんな我慢してやってるんだな。」

そんなことをポツリと思ったことを記憶している。

 

 

 

最後に。

営業所に帰るときトラックで二人きりだった場面がある。そんな折、ホンダさんから教えられた、忘れられない一言で締めくくるとする。

 

親孝行したいときには お金がなくて

親孝行できるときには 親がいない

「そういう言葉があることを覚えておくといいよ。」

 

 

時期尚早の別れ

その人は、トラックドライバーだった。

 

50代後半。独身離婚歴ありで、子どもがいなかった。

関西出身なので、関西弁を使うが、ここまでコテコテの関西弁で喋る人も珍しい。

きっとそれも、テゴさんの一つのアイデンティティであり、自己主張なのだろう。

若い頃、さんざん人から ”なめられてきた” 経緯からなのだろう、「場にそぐわない大声で話す」といった特徴もあり、”人から馬鹿にされまい” とする思いから取る行動が垣間見られた。

 

それだけ、人の好さが感じられる方で、優しい方だった。

 

 

 

「お久しぶりです。その後お元気ですか?実は、テゴさんが膵臓ガンになりました。ガン末期で、余命三か月ということです。」

 

前の会社を辞めて、早2か月という時期の今年一月。

お正月気分も終わり、いよいよ今年も本格始動!そんなタイミングでの元後輩からの連絡だった。

 

冗談にしては悪い冗談だが、以前の職場は、どうしても人手が足りなくなったときは、「親族が病気になったので、看病のために戦線離脱します。」と、元請け会社に噓をついてトラック一台休車にしてもらい、別の元請け会社の方にその一台を回す、ということをしている会社だった。

また、僕が退職して約一か月後の昨年12月上旬、一度電話で話している。そのときは、元気だったテゴさん。

そのため、半ば信じがたく、「以前の会社の誰かが、退職後の僕の様子を探ろうと嘘をついている?」ぐらいにしか考えなかった。いや、何も考えないようにした。

それは、新しい会社にも慣れてきて、ようやく以前の職場とは縁が切れたと思っていた矢先の出来事だったからである。

 

もうこれ以上、前の会社には振り回されたくない。

 

でも。。。

もし本当だったらどうしよう

いや、テゴさんが癌で、余命あとわずかなのは本当なのだろう

 

そこで、入院先の病院にお見舞いに行くことにした。

 

 

 

音楽が大好きなテゴさん。とても詳しい。

僕がテゴさんと同乗し仕事を教わっていた時期、営業所からセンターへ行くときと帰り道は、必ずi-Podのプレイリストから色んなジャンルの音楽を聴かせてくれた。

「今日はなー、夕日が沈みかかってる海岸線沿いをドライブしているのをイメージして、プレイリスト作ってきたからなー。」

音楽に関しては自信のある僕だったが、詳しさに関して全然足元にも及ばなかった。

 

人を ”こき使う” ことに関しても、天才であった。

一番印象的だった出来事は、コンビニでの話。

レジで会計が終わり、店員さんが品物を袋詰めしている隙に、自分はコーヒーをドリップしに向かってしまうのだ。

当然、会計が済んだ品物は、店員さんと共にレジに残されている状態なので、後から慌てて店員さんがドリップ機まで品物を届けにくる。

レジの後ろには人が何人か並んでいて、しかも朝の忙しい時間帯なのに・・・

いや、レジに人が並んでいなくても、暇な時間帯であっても、普通は品物の袋詰めを待って、受け取ってからコーヒードリップである。

 

20年近く働いている会社から、こき使われていた。

休日の早朝、会社から電話。「テゴちゃ~ん、誰々さんが体調悪くして休みたいって言うから、代わりに出て~」

普通は断ってもよさそうなところだが、持って生まれた人の好さと、気が小さいところ、そして非常に人に気を遣う性格だったため、断れなかったのだろう。

会社からそういったぞんざいな扱いを繰り返し受けているうちに、「使える者は使ってやれ!」といった価値観を知らず知らずのうちに構築し、人を ”こき使う” ことに関して無神経な人間になっていったように思われてならない。

 

 

 

「ようきたな。ありがとう。病室だとなんだから、向こうの休憩所で話そう。」

先に休憩所で待つ僕。病室から一度トイレに行き、こちらに向かってくるテゴさん。

手すりに掴まりながら、一歩一歩近づいて来るその姿は、ほんの二か月前に一緒に仕事をしていたテゴさんとはまるで別人だった。

僕はショックを隠し切れず、顔の表情に出てしまってはいないか、そればかり心配した。

 

「食欲が無いんや。今日はどうやって来た?」

僕「あえて電車にしました。だってここの病院は。。。テゴさん

も自分も、フリー便で何度も通ってた道じゃあないですかぁ。まさか・・・」

「まさか、自分が入院することになるとは、思わんもんなぁ。」

そう言って笑う笑顔を見て、僕はようやく少し落ち着きを取り戻した。まぎれもなくテゴさんだった。

 

話そうと思っていたことは、いざ本人を目の前にすると、頭から飛んでしまった。

 一つだけ、会社の退職理由だけは、詳しく告げられないままであったことが気がかりだったこともあり、告げられた。

僕「実は、もともと辞めようとは思っていたんです。家と会社も遠いし、拘束時間長すぎて睡眠が短いから、毎日居眠り運転してましたよ。元上司の〇〇さんが辞めたことがネックでした。唯一僕たちの味方になって、みんなのことを考えてくれていた人がいなくなっちゃったことが、退職時期を早めましたね。」

「新しい職場は決まったのか?」

僕「はい。無事決まりました。スーパーの総菜を主に運んでます。」

「良かったなー」

意識して、顔を輝かせてくれていることは明らかだったけど、それでも嬉しかった。

 

休憩所から病室に戻った。別れ際、何と言って別れるべきか判断に迷った。

別れ際のあいさつまでは、何も考えていなかったのだ。

「変な話、俺が亡くなったら、葬式には来てな。」

そう言って、握手してくれた。

僕「変な話、もし、そうなったら、そうします。」

そう言った僕は、今度は、僕の方からテゴさんに握手を求めた。

僕「何か、頼み事でも全然いいし、何かあったら遠慮なくLine下さいネ。」

 

 でも、二人が会うのはこれが最後だと、お互い知っていた。

だからだろう。

僕は、最後にしっかりテゴさんの顔を見て、別れようとしたけど。。。

テゴさんは、こちらを見れずにいた。

 

もちろん、テゴさんの泣き顔を見たのは初めてだった。

 

 

 

僕「男女間の、”友情” って、テゴさんは有り得ると思いますか?」

「そうやなぁ、、、少なくとも、どちらかは、好きなんだろうなー。異性として。まぁ、片思いなんだろうなぁ。」

 

 トラックドライバーの師匠でもあり、音楽の師匠でもあったテゴさん。

僕がテゴさんと同乗期間中、一番印象に残った曲で締めくくるとする。

 

HIROMI

              歌手:柴田 淳

            作詞・作曲:柴田 淳

こんな幼稚な嘘で 終わった

二人で作ったすべてがカラカラに乾いてく

見抜かれてないと思ってる

その程度しか通じ合えてなかった

目を見て 仕草で 身なりで とうに気づいてたのよ

 

”君の未来のために 君の笑顔のために

僕は今すぐ君の前から消える” なんて

はっきり言えばいいのに 透き通るその胸

私のためなんかじゃない

 

最後のキスと言って 涙まで流して

まるで自分が一番不幸な顔してる

明日から気兼ねせず あの子に会うために

そこまでするあなたに微笑んであげたの

 

 

 虚しさだけが ここに残って

ステキな思い出にさえさせてくれなかったね

残されたカップを見つめた

ずっとずっとずっと 見つめていた

軽やかな足音が聞こえなくなるまで

 

”君の未来のために 君の笑顔のために

僕は今すぐ君の前から消える” なんて

見え透いた嘘ついて 嫌いにさせたって

思いたいよ 思わせてよ

 

あなたしか見えなくて 夢中で恋した私

かわいそうで可愛くて 涙が止まらない

幸せそうなあなたはまだ見れそうにない

もう強くはなれない・・・

誰か抱きしめてて

 

 

いつかくれた指輪は サイズが合わなかった

ブカブカで重たくて・・・でもそれでよかった

不器用に騒がしい 薬指を

いつもいじることが好きだったの

 

みっともなくなるほど あなたを愛した私を

いつか許せる時が来ればいいと思う

何かを探すように 時々しゃべり出す薬指が

誰かを忘れてくれなくても・・・